改善のスピードを上げろ
しばらくの間、ナイキのマラソンシューズに特化した記事を書いてきた。
ネットの海のどこにもない情報を、無料で公開してしまった。
有料記事にしても良いという声や、英訳して本にしても良いのではという声ももらった。
そういうのも、やってみたい。
けれども、僕にとってはまだ「そろそろ、ヴェイパーフライの話をしようじゃないか」シリーズは、
無料記事レベルなのである。
ヴェイパーフライに関しては続編があるので、心して待っていて欲しい。
ヴェイパーフライに関する記事を書くためにかかった費用は、ざっと20万円ぐらいだろう。
その内訳は、記事を書くための「一次資料」に当たるための経費が、大半を占めている。
誰も書けないオリジナルの記事を書くには、徹底的に調べる事と、観察して分析する目が必要だ。
SNSにしろ、ブログにしろ、ネットの発信は、出所の怪しいモノが多い。
また聞きのまた聞きで、どっかの誰かが言ってたレベルの話が、トップに出てくる事すらある。
そういうものほど、影響力があって拡散されたりして厄介だ。
まだスマホが出たばかりの10年程前、
TVも観れない、外の社会と分断された寮生活をする消防学校で、
誰かが「タモリが死んだ」と言い出した。
「おい!タモリが死んだらしいぞ!」
噂は瞬く間に広がったが、ご存知の通りガセネタだった。
結局、誰が最初に言い出したかすら分からなかった。
根も葉もないうわさ程、よく広がるのである。
突き詰めて突き詰めて「つまりはそう言う事」という所まで、
源流の最初の一滴が滴る所まで、調べて調べて、考える。
そのサイクルを、何度も何度も回すのだ。
ある時点で出た結論、ゴール、完成形は、
月日の流れと共に、どんどん変わる。
あの時、こう言ったけれど、やっぱりこうだった。
こうしてきたけれど、こっちの方が良い。
そうやって、どうしたらより良くなるか、
今の課題を克服できるか、
先へ進めるか。
現時点での答えを、出し続ける。
生き残っていく、進化し続けていくためには、変わり続けないといけない。
変わることのできなかったものは、滅びていくのがこの世の定めだ。
昔ながらの良さを守る事ですら、固定観念と発想の枠を外さない限り、難しい。
時間の経過と共に、見える世界、考え方は、
常に変わっていかなければ、時代に通用しない。
どうしたら、もっと上手くいくか、改良を重ねる。
それが、より良い仕事をするという事だ。
流行に乗り遅れるな、なんて言わない。
流行り廃りの中で、一体何が変わらない本質なのか。
もっとよく眼を開いて、何が起こっているかを、見極めるのだ。
今日も書き過ぎた。言い過ぎた。
フラットな目で、柔らかい頭で、世の中を見よう。