頭の中のオバケにビビる
人間は、大きく2種類に分けられる。
不安なことや心配事から逃げるタイプと、不安なことに対して対策を取るタイプだ。
前者は「どうなるかわからない」「〇〇したらどうしよう」「できない」というのが口癖。
後者は、出来る限りの策を講じたり、モノは試しだと、不安という実態が何かを確かめようとする。
つまらないのは、前者だなと思う。
起きもしていないことに対して、既に心がザワついている。
実体を、実物以上に大きく考えたり、実体の無いモノに怖れをなす。
ある意味、それは人間の理性であるかもしれないが、僕には賢いとは思えない。
それは、自分の頭の中で想像する、オバケに化かされている状態だ。
不安なことがあったり、怖いことがあったら、それが無くなるためにはどうしたらいいか。
これを考えていったり、策を実行していくと、この世の中は面白く生きられる。
オバケがオバケかどうか、確かめに行くのだ。
そんなタイプの人にとっては、オバケは確かめるまでオバケではないし、確かめたらオバケでは無くなる。
何でもネットで調べる時代になって、僕もこうして情報発信している。
その分、まずはやってみよう!!
という精神が、日本人の中から希薄になってしまったようにも感じる。
やるまでもない。
わかりきっている。
どうせそうなるんだろう。
みたいな、冷めた想像力が、実はかなりオバケと相性がいい。
この世界は、頭の中では到底想像しえないような事ばかりで溢れている。
頭の中で想像するオバケなんか、話が小さすぎて起こり得ない。
何はともあれ、やってみる。
その先に、自分では想像もしていなかったことが広がっているのだ。
「自分のカラダが、どうなっていくのかわからない」
だったら、どうなるか確かめればいい。
大丈夫、あなたが思うようなことは、何も起こらないから。
僕は時々、そんな話をすることもある。
もちろん、カラダを診て自信を持って背中を押す。
過去を思い返してみれば、前職の幹部は僕の退職に関して、随分とオバケにビビッていたな。
人生を舐めるなとか、世の中そんなに甘くないとか、思い上がるなとか。
上手く行きっこないとか、上手く行かなかったらどうするんだとか。
全部、オバケだった。
僕も化かされなくて、正解だった。
そもそも、失敗すること考えて打席に立つバッターなんか、いないだろうに。
やるまえから、四の五の言わない。
やってみて、修正、またやってみて、修正の繰り返しでいいじゃないか。
想像ばっかりフワフワした大人にならずに、地に足つけて行こうぜ!!