自分のカラダに対する責任と認識

整体には、実に様々な方が来られます。
そんな方々の中で、時々あるのが「椎間板ヘルニアでして…」というもの。
そこで、もう少し踏み込んで、どこの箇所がヘルニアと言われていますか?
と聞いてみます。
すると、その箇所を答えられた方は今まで1人もいませんでした。
答えたとしても、確かこの辺りだったというくらいです。
驚くくらい「椎間板ヘルニアで…」と言う方は、自分のヘルニアの位置を知りません。
100人居たら100人がほぼ、自分のヘルニアの位置すらわからないのです。
これは、一体どういうことなのか?
位置すら理解していないのに、レントゲンやMRIを撮った意味があるのか?
考えられることとしては、整形外科の先生の説明不足。
患者に理解できるように、意味が通じるように説明していない。
患者が「はい」と返事をしているだけで、頭に残るような説明になっていない。
もうひとつは、患者自身の自己のカラダに対する責任の認識不足。
誰のカラダでもない、自分のカラダなのに、
病院に行った途端に、自分のカラダの舵取りを人任せにしてしまう。
だから、検査結果の説明を聞き流してしまう。
色々と言っているけれど、任せておけばいいだろうと思って、全然説明を聞いていない。
このどちらかか、または両方が起きているのだと思います。
驚くのは、手術をしたけれど、どこをどう手術したかわからない。
手術はしたけれど、何をどうしたのかわかっていないということが、多々あること。
今何が起こっていて、どういう必要があって、なぜこの手術を、どのように行うのか。
または、行ったのか。
それを、手術をしたという、ほとんどの方が答えられないのです。
信じられません。
自分のカラダに関して、その程度の認識で、その程度の責任で、
取り返しの利かない手術が行われていくのです。
恐ろしいことです。
本当に、それでいいの?
今年2回も手術をした僕は、術前も術後もすることと、したことの説明を受けました。
僕も、納得できるまで質問したりしました。
海外はどうかわかりませんが、
日本人は自分のカラダに対する責任感が薄すぎます。
自分のカラダなのに、舵取りをする意識が薄い。
自分のカラダに対して、もっと隅々まで意識を配ること。
雑に大雑把に考えないこと。
身体感覚を繊細にもつこと。
自分のカラダに、責任を持とう。
ここ数日で、こんなことを強く感じました。
「できる」を増やす整体院
からだ工房らくだ

