いざという時のために
6年前の3月11日のことは、ずっと風化させてはならない。
いつしか他人事となって、危機感も薄れていって、
あと何十年、100年もしたら、あの震災のことを人は忘れてしまいかねない。
3.11から、日本の色んなことが変わった。
防災に関する考え方、危機管理に関する考え方も変化した。
ただ、残念なのは机上の空論や、知識だけ持った頭でっかちや、
形だけの対策(これを責任逃れという)も増えたことだ。
知識はあってもいい、備えもあっていい、
でも、忘れてはならないのは「頼りになる自分でいろ」ということだ。
いつ、どんな状況でも、自分の命を守ることができるかどうか。
自分の命が守れなければ、人の命だって守ることはできない。
もう一度震災があった時、道具も備えも近くに無かったら、どうするの?
頼りになるのは、自分自身なのだ。
僕が日々走り続けているのも、実は緊急事態に備えているというのが大きい。
災害現場は、体力勝負だ。
飲まず食わずでも、長時間動き続けるパワー、スピード、スタミナがあれば、
どんな状況でも、何とかなる。
これが無いと、どうにもならない。
大規模災害の時には、現在の消防の能力では手に負えない。
これは、全国各地の各消防本部が分かっていることだ。
地震の後火災が起ころうが、家屋の下敷きになろうが、消防車は来ないのだ。
家族を助けることができて、手の届く範囲の人を助けることができるように、
僕自身も日々準備を欠かすことはできない。
そうして命さえ取り止めることが出来たら、
避難所や仮設の住宅でひたすらボランティアで整体をしようと思う。
被災者にも、ボランティア活動で集まる救援隊にも、みんなに整体をしよう。
そうして、人が少しでも元気になって、笑顔になってくれたら、
復旧・復興の後押しになるのではないか。
走って逃げる。
誰かを背負って逃げる。
また戻って背負ってくる。
そんな自分で在り続けたい。
それではまた。